1、セムコスタイルとは
1、1、セムコスタイルとは
SEMCO社のCEOのリカルド・セムラーが開発した組織マネジメント手法。「ティール組織」の代表例であり、信頼性を主軸に指揮系統や上下関係を最小限に抑え、従業員の内発的動機を最大限に活性化させる。従業員はやりがいと責任感を持って業務に就き、チームの運営や経営をより良くしようと自発的に行動するようになる。
ティール組織とは
指揮系統やルールが非常に少なく、信頼関係で結びついた組織。従業員は業務に意欲的で、目標を達成するまでの活動は管理されないことが多い。会社運営にも積極的に参加し、経営に対する主張や企画などを自由に行うことができる。1人1人が組織の仕組みや目標を理解することが鍵となる。
フレデリック・ラルーの組織モデル
ティール組織:上下関係がなく目指す目標以外は自由(例:オンラインコミュニティ)
グリーン組織:上下関係はあるが個々の意見を尊重(例:家族)
オレンジ組織:上下関係はあるが成果を出せば昇進できる(例:数値によるマネジメント、大半の日本企業)
アンバー組織:絶対的な上下関係や伝統的なルールがある(例:長く続く家族経営の会社)
レッド組織:強い者が弱い者を支配する(例:ライオンの群れ)
1、2、セムコスタイル誕生の経緯
セムコ社は、現CEOのリカルド・セムラー氏の父親のアントニオ・セムラー氏が起業した会社だった。リカルドは10代後半の頃、家業を継ぐ気はなくロックバンドで活動していたが、ほとんど稼ぎにならずセムコ社に就職した。すぐに取締役会のアシスタントとなったが、自分の意見を全く聞いてもらえず辟易した。古参役員の意見を採用し続け事業が衰退してしまったため、「会社を辞める」と父を煽り21歳の時に社長の座を継いだ。
幹部には経営方針を変えない者が多く、リカルドは経営陣の60%を解雇した。そして、セムコ社の収益を回復することを最優先にし、他社の買収や優秀なマネージャーの雇用を行っていった。結果、セムコ社は急成長したが、従業員に負担がかかり職場満足度は低下していった。リカルド自身も25歳の時に過労で倒れてしまった。
リカルドは、療養中にビジネス書を読み耽り解決策を模索した。職場復帰後、人事部長の募集に応募してきた男性の「自己統治」の考え方に共感し、意気投合した。彼らは、規則や指揮系統がなくても別の方法で運営できるのではないか、と考えた。経営側の都合や不合理をすべて取り除き、従業員が重要な決定に参加することができたら、社員は自発的に活動するのではないか、と推測したのである。
そして、彼らは就業時間、作業場所、給料を社員自身が決められるようにした。また、それら自主判断をしやすくするために、会社の財務状況や社員の役割(職階より細かいもの)などを、プライバシーに抵触しない範囲で全社員に公開した。問題への対応や新たな取り組みを始める際には、関係する社員や興味のある社員が自由に集まり、話し合いによって決めていく方針とした。
1、3、メリット・デメリット
セムコスタイルのメリット
・従業員がやりがいを感じながら意欲的に働く
・指揮系統がなくなり、従業員の意見の反映がスムーズになる
・部下をマネジメントする業務が減る
・業務改善や組織への要望の声が自発的に挙がる
・離職率が下がる
セムコスタイルのデメリット
・移行が完了するまで時間を要する
1、4、留意点
セムコスタイルは意識改革によってどんな企業にも適応することができるが、相性の良し悪しがある。相性が良いのは、従業員が自ら考え行動し、柔軟な対応が求められる風土の企業である。業界で言えば、日々新たな技術が生まれるIT業界、顧客のニーズに応え続けるコンサル業界、創造性が求められるクリエイティブ業界などがある。導入が困難なのは、判断ミスが社会に大きな影響を与える社会インフラ業界・金融業界、徹底した品質管理やマニュアル遵守が求められる医療業界などがある。
セムコ社の真似をしたりセムコスタイルをそのまま導入したりしても、上手くいくとは限らない。セルフマネジメント型の組織を実現できるのであれば、セムコスタイルを参考に自社に合った仕組みを作ればよい。例えば数名の組織であれば、信頼関係が構築できていれば多少の模倣で実現することができる。
セムコスタイルは、チームごとのチームビルディングが上手くいっている状態とは異なる。現状ではその状態の企業が多く、自分のチームの状況しか知らず部門間の連携や交流が希薄になっている。自立型組織は、単に自分の仕事の目標達成を目指すだけではなく、他のチームの状況を気にかけ技術を提供し合うなど、組織の目標達成のために協力し合っている。自分たちの業務が組織に与える影響を認識している状態を目指す。
2、セムコスタイルの文化規範
2、1、理念
民主主義
組織に全員が関与できるよう、すべての人に発言の機会を提供する。具体的には、定期的なミーティング、ミーティングの前に議論を整理する時間、ミーティング後にフィードバックができる環境、1対1の面談などを設けている。
常識
ガイドラインは方針であり遵守しなければならない訳ではない。意思決定はチームの一般常識的な考えを基準とし、必要なら話し合いを行う。不必要な手順や不条理な指示には異議を唱えてよい。
整合的な自己利益
各々が自分のニーズと信念を明確にし、個人と組織の間で利益の整合性を取る。セムコスタイルが真に機能するためには、組織内の才能を最大限活用することが重要である。そのためには、才能や目標を自身と周囲が認識し、才能が活かせる環境を見つけ出し、欠点をサポートし合う必要がある。そのための施策として、年に2回のフィードバック、リトリート(自然の多い場所での合宿)、カジュアルな話をする集会、チームビルディング会議、経験シェア集会などを行う。
2、2、セムコ社が目指すもの
顧客へのインパクトの最大化
セムコ社は、自社が先駆者となり仕事の世界に変化をもたらすことを目指している。他の組織が従業員中心の組織に移行できるよう、トレンドの把握や理論の研究を行い、Webメディア、ウェビナー、研修、コンサルティングなどを通じて知見を共有している。寄付などの物理的な支援も行っている。
自社のパフォーマンスの最大化
セムコ社は成果重視の組織であり、四半期ごとに目標を立てて達成を目指す。従業員は達成計画を立てオンラインツールで進捗状況を公開する。それにより、互いの建設的なフィードバック、問題の早期発見、一体感の醸成などが可能となる。
- 目標ごとに責任者が選定され、その達成に向けた進捗管理を担う。また、潜在的な遅延や障害を早期に発見し、関係者との話し合いを促す。必要に応じてヘルプメンバーを斡旋し、従業員の才能資源を最大限に活用する。さらに、週次のミーティングを主催し、各自の進捗状況を共有する場を設定する。
- チームは定期的に業務の振り返りを行う。良かった点、悪かった点、改善すべき点を挙げ、改善策を追求する。業務の経緯、業務の質、個人的な成長ポイントなどを、継続的に把握する目的がある。目標を達成したら祝い、良くない結果となった際には前向きに反省点を話し合う。
- 社内システムへの理解度は各人の責任。Slack、Miro、Sharepointにはガイドラインがある。
従業員の幸福の最大化
セムコ社では、ワークライフバランスや福利厚生の充実を図る取り組みを行い、仲間との信頼関係の構築や働きがいを感じられるよう努めている。
- 休暇・休憩を取るのは個人の責任であるが、セムコ社では仕事とのバランスを意識して休暇を奨励している。無制限なポリシーは暗黙知を生み破綻を招くため、休暇にはルールを設けている。セムコ社では、有給休暇は30日付与され有効期間は2年間である。3週間以上の休暇を取得する場合は、2週間前までに連絡しチームの合意を取る。残日数より多く取得する場合も、チームの合意を取り、無給休暇となる。休暇の予定はグループウェアに書き込み、書き込む度にチームミーティングで言及する。
- セムコ社には「メンタルヘルス・デー」という独自の休日が、四半期に1日設けられている。また、従業員の出身国の祝日は休日としてよい。誕生日も休日とし、土日と被った場合は翌週の平日に振り替える。
- 病気・体調不良・怪我などで働けない場合は、業務の引継ぎや復帰時期をチームに知らせる。働けないことを申し訳なく思ったり、明るく振舞う必要はない。頭痛や睡眠障害のほか、奇妙な頼み事や漠然とした要望がある場合は、助けを求めてよい。
- 水曜日はミーティングを行わない。
- チームを増員する時は、所属に関係なく求めているスキルを持つ者を探す。組織内に見つからなければ、関連会社内、外部の順番で探す。
3、セムコスタイルの5原則と15の柱
「セムコ社が目指すもの」を向上させていくため原理原則。セムコスタイルは従来の組織文化とは大きく異なり、社員が主体的に考え行動することを前提としているため、社員一人ひとりの意識や行動様式を変革していく必要がある。5原則に沿って社員全体に理念や目的を共有し、共感を得ていく過程が重要となる。
3、1、信頼の原則
従業員を信頼することで、従業員の主体性・生産性を上げる。
透明性
会社の情報を公開し全員が意思決定に参加できるようにすることで、信頼関係を構築する。公開を推奨する情報は、事業計画、損益、採用活動の経過など、従来の組織であれば主に経営会議で共有されるものが挙げられる。公開された情報に従業員が納得すれば信頼が生まれ、納得しなければ意見を発信する習慣が生まれる。公開する情報は誰もが理解できる状態にしておくべきであり、資料を見やすく加工したり、社内教育の時間を取る必要がある。暗に学歴や地頭で差は付けない。
透明性が確保されていない会社の場合、従業員は理由も分からず待遇を受け入れさせられている。「なぜ給料が上がらないのか」「今の体制で将来大丈夫なのか」といった不満や不信感を抱えながら就業しており、明るい気持ちで仕事をするのは難しい。
力の格差の縮小
上下関係、特定の部門が特権を専有している、チーム内のカーストといった、立場によって意思表示が抑圧される状態を縮小する。例えば、チームリーダーへの立候補、社長室への入出、営業業務、中途入社希望者の斡旋などを、誰でも行えるようにする施策が挙げられる。心理的安全性を高め、従来であれば立場の弱かった者でも自由に意思表示できる状態を目指す。例外として、財務は特定の部門が専有している方が良い。
大人を大人として扱う
従業員を信頼し自分の責任を果たせる大人として扱うと、従業員は扱いに見合った振る舞いをするようになる。上司が部下を一方的に指示する関係は親子関係に似ており、従業員を子供のように扱えば子供のように振舞うようになる。信頼関係構築のための、リーダーの重要な役割である。
この状態が実現しているケースは、私たちの身近に多数ある。仲の良い友人グループで旅行に行くときは、皆で協力して準備をするだろう。お互いを信頼し合っているため、自然と役割分担をし、自分の担当以外の作業を他人に任せることができるのだ。
好奇心の尊重
初歩的な質問や度重なる質問は「煩わしいのではないか」といった恐怖心から行わない人が多く、組織全体で質問しやすい文化を作っていく必要がある。一般的には会議を効率よく進めることが重要視されやすいが、個人の好奇心を尊重し、創造性を育むことも重要だ。マネージャーは、質問に答えるだけでなく質問者が答えに辿り着くように誘導するよう心掛けると良い。
3、2、代替コントロールの原則
ルールによるコントロールを排除することで、最適な働き方を見つけ出す。
官僚主義を取り払う
慣習的に残っている、意図や目的の不明瞭なルールや取り組みを撤廃する。慣習は「そのやり方で当たり前」になっていることが多々あり、「本当に必要なのか」「別の手段はないのか」と疑問視することが重要となる。
自主自立
納期や成果物の作成など、目標が達成されていればそれまでの過程は問わない。効率的な働き方は人それぞれであり、勤務時間や業務の手順を指定すると効率が下がる可能性がある。品質と締め切りが守られていれば、働き方は自由とする方がベストパフォーマンスが発揮されやすい。
コントロールの分散
意思決定の権利を一部に集中させず、従業員に分散させる。
「なぜ」による問題解決
「なぜ」と繰り返し問うことで、質問が深掘りされ賢明な答えに辿り着きやすくなる。リカルド氏の経験上、大抵の場合は3回ほどの深掘りで新たな見解に辿り着くという。数回深掘りすると、多くの場合「いつもそうだから」という思考に辿り着く。そこに疑問を抱いたとき、人は新たな選択肢を考えることができる。
[Q]なぜ事務員の増員を希望するのか
[A]3名のうち1名退職してしまったからだ
[Q]3名いないと業務が終わらないのか
[A]社内清掃や食器洗いがこれまで通りにできない
[Q]それらにかける作業時間や回数を減らすことは可能か
→(新たな見解が生まれる)
3、3、セルフマネジメントの原則
各自が自分自身を知ることで、役割が最適化された主体性のあるチームを作る。
才能開発
リーダーはメンバーの得意なこと、好きなこと、挑戦したいことなどをヒアリングし、チーム内の才能を最大限活用できる役割分担を行う。「苦にならない・やりがいがある・容易に成果が出せることは何か」などと質問し、メンバーの潜在能力の発見をサポートする。また、目標に対してチームの才能の総和が足りていれば、目標は十分に達成可能である。不足している場合はメンバーを育成または増員する。増員の際は、組織の外部よりも内部から人材を探すことを優先し、部門の垣根を越えて柔軟にサポートし合う。
従業員は才能を発揮する場を与えられると「必要とされている」「評価されている」と感じ、組織への信頼を高める。才能を活かす環境を与えられない場合は「組織から必要とされていない」と感じてしまいやすい。全ての従業員に役割を与え、既に優秀な人に役割が偏らないように気を付ける。
コミットメントの文化
一人一人が目標達成に向けて、責任を持って努力する風土を作る。一般的に、約束が守れない人とは信頼関係を構築することが難しく、目標を達成するという有言実行の姿勢が必要だ。そのためには、作業計画を作成して進捗を報告し、助けが必要な場合は声掛けをする習慣作りが必要となる。これらの要素がチームの結束力を高めていく。
同僚間の力
従業員がお互いに協力・影響し合う意識を高めるため、代表者が問題提起をしメンバーが解決策を討論する、という時間を定期的に設ける。代表者は固定せず、誰もがリーダーシップを張れる機会とする。代表者以外は、問題解決に参加することで主体性を養うことができる。提起する問題は、メンバーの経験や知識によって解決できるものにする。
また、ルールを決め定期的に相互評価したり、フィードバックをし合うことも有効。フィードバックは、不満ではなく共通の目標を達成するための改善点を伝えるものとする。これらを実施するには、安心して意見が言い合える関係性が必要不可欠。
意思決定の役割分担
「能力があるにも関わらず議論に参加しない人」がいる。そのような人は職人気質の可能性があり、意見がないことが「このまま進めて問題ない」という意思表示となる。高学歴・高収入な人が正しく意思決定できるとは限らず、リーダーシップを張ることが苦手であるが専門的な知識を有しており、重要な判断ができる人もいる。特に手や体を使って何かができる人は、学歴があまり高くない傾向がある。
3、4、徹底的なステークホルダーアライメントの原則
意思決定に参加することで、責任感と当事者意識を高める。
共通の土台
チームとメンバーの目標の方向性を揃え、各自の意識に差があることを認識する。例えば、チームの目標が「大会で優勝する」だった場合、「勝って賞金が欲しい」「技能を証明してスカウトされたい」「家族を喜ばせたい」など、優勝したい理由は各自で異なる。それらの意識の若干の差をお互いに認識することで、支え合うことができる。チームの目標を優先していると個人の目標が達成できない可能性があり、個人の目標達成にはチームの協力や配慮が必要となる。「なぜチームに参加したのか」「目標と理由は何か」「このチームに期待していることは何か」「チームにどのように貢献しようと考えているか」などをお互いに伝え合うとよい。
外部からの視点
目標の方向性を揃える際には顧客の視点も考慮する。セムコスタイルでは顧客に価値を届けることを目的とし、その手段として自立型組織があるとしている。「顧客にどのような価値を届けたいのか」を念頭に置き、そのためには組織はどうあるべきかを考えるのである。
一貫性
組織内で意思決定していく事柄を、すべて組織全体のビジョンと一致させる。定期的に進捗ミーティングを行うなど、ズレを修正できる体制を整える。
3、5、創造的イノベーションの原則
イノベーションが芽生える肥沃な土壌をつくりだす。
クリエイティブスペース
従業員が過ごしやすいよう、職場環境への意見・要望を許可する。仕事への意欲は内発的動機である方が持続性が高い。生産性と職場環境は密接に結びついており、やる気の出る職場環境造りは無視することはできない。従業員が1日の大半を過ごす職場は、快適でモチベーションが上がる場所である必要がある。また、職場を使用するのは従業員のため、決定権は従業員が持つべきである。
継続的実験
変革は大規模である必要はなく、小規模で導入し検証と改善を重ねる手法を取る。また、形式張ったプロジェクトに固執せず、従業員が些細なアイデアを気軽に試し議論できる文化を育む。
成果がすぐに出にくい事柄は、数値などに表れる成果よりも行動の積み重ねに焦点を当てる。例えば顧客との信頼関係構築を目指す場合、丁寧な接客を心掛ける、元気に挨拶する、地域イベントに出展する、従業員の技術の向上など、「顧客を大切にしている」という価値観を日々の行動で示す必要がある。
起業家精神
通常であれば経営陣のみが行う業務に対して、従業員も考え行動できるような風土を作る。「自分は組織を作る重要な存在だ」という意識を根付かせる必要があり、この意識はワークショップや研修で養うことが難しい。事業戦略や財務情報を公開する、経営について話し合う機会を設ける、といった取り組みが有効なほか、まずは普段の業務で主体性を養い内面に落とし込んでいくのが望ましい。
4、セムコ社で起きた変革事例
4、1、勤務時間の自由選択
セムコ社のあるサンパウロ市は交通渋滞が起きやすく、富裕層にはヘリコプターで通勤・通学する者もいる。セムコ社の勤務時間は8時から17時とされており、多くの従業員が通勤ラッシュを負担に感じていた。そこで、リカルド氏は従業員に勤務時間を決めさせた。経営陣は「自由に決めさせては工場が回らなくなる」と懸念したが、従業員は何度も会議を開いて勤務時間を調整し、業務に影響の出ないシフトを作成した。
この改革のポイントは、目標のみを提示し解決までの過程に介入しなかった点にある。リーダーに調整を一任した場合、要望の取りまとめに大変な労力がかかるうえ、要望が叶わず不満を抱く者が現れる可能性が高い。従業員が自由に決めることができたために譲り合いが起き、工場や同僚のために自分の要望を犠牲にする者が現れたと考えられる。
4、2、経営情報の公開
セムコ社では、財務情報をはじめ様々な経営情報を公開することで、従業員の信頼を獲得し組織運営に巻き込むことに成功した。実際に経営に使用されている資料は難解で分かりにくいため、簡略化した教材を作って社内教育を行い、経営への興味・関心を引いた。データからどのようなことが読み取れるのか、といったリテラシー教育も行い、従業員は数字の裏にある経緯や根拠が理解できるようになっていった。従業員には質問や異議を唱えることを許可し、気になる点は調査・発表することを奨励した。最終的に、従業員は自分が数字に影響を与える存在であると理解し、組織を運営する一人だという当事者意識が格段に向上した。
4、3、昇給の交渉制度の導入
セムコ社では、給料が自分に見合っているかを従業員が合理的に判断できる仕組みを導入している。経営陣の理解を得た後、競合他社を選定し、調査会社に給料の比較調査をしてもらう。調査結果は全社公開し、従業員1人1人と面談して自分の給料に納得できるかを確認する。納得した従業員は金額に見合った成果を上げようと意欲的になり、納得しない場合は変更の要望が許可された。要望は、根拠が説明できた場合のみ認められる。
4、4、経営会議への参加制度
セムコ社では、取締役会に従業員が誰でも一人同席できる。この取り組みは「従業員に隠していることはない」「従業員の声に耳を傾け、権力の差を縮小したい」という経営陣からのアピールとなる。経営陣から否定的な意見が出ることは想定内であり、いつまで経っても賛同しない者はそもそも価値観が合わず、自然とセムコ社から離れていった。従業員に対しては、真に受けない者がいると考え、誰にでも権利があることを強調し、参加意思を表明しやすいようシンプルな応募フォームを作成した。従業員による情報漏洩は起こらないものとして従業員を信頼するが、繊細な話題まで公開する必要はない。
4、5、プロジェクト運営
セムコ社では、新たな取り組みをする際プロジェクトの運営はサテライト企業に依頼し、サテライト企業のマネージャー主導の下でプロジェクトを進める。会議は誰でも参加可能とし、会議で決まった事項は社内に共有される。議長は、最も高い地位の者ではなく最も議題に詳しい者が担当する。また、作業の割り振りはマネージャーが行い、各作業の責任は当事者の従業員が負う。例えば、顧客との商談で価格交渉が起きた場合は、商談を担当する営業部が値引きなどの意思決定権と責任を担う。プロジェクトによって得られた収益は従業員に分配され、サテライト企業には成功報酬が支払われる。収益が上がるほど給料が上がる仕組みになっている。
このようにするとプロジェクトに対する責任が全員に分散され、全員が目標達成を目指す状態になりやすい。会議の情報のほか各現場の状況も社内で共有されており、従業員は他人のパフォーマンスを調べて競争意識が湧くようになっている。自分の担当業務の責任は自分にある、給料に直結しているといった点からも、パフォーマンスの向上を心掛けるようになる。
4、6、給料の最適化
A事業部は、生産量は少ない代わりに高品質高単価の製品を生産しており、昨今の社会の変化によって注文が激減してしまった。同時に、B事業部は大きな契約を2件獲得し、技術を持った作業者の増員を望んでいた。B事業部はA事業部に協力を求めたが、人件費が高かったため外部の請負業者に依頼することになった。A事業部では仕事が無いにも関わらず給料が支払われ、B事業部ではA事業部でもできる仕事を外注し報酬を支払っている状態となった。更に、B事業部の収益をA事業部の支援金にする案まで挙がってしまった。
この時セムコ社は、A事業部も請負業者も同じように扱う必要があると決めた。仕事をするかしないかは個人の自由である。ただし、仕事を断ればその仕事は他所に回され、仕事で成果を出さなければ立場も報酬も得られない。A事業部は従業員を7割削減した。ただ座っているだけの従業員を減らして外注をし、コスパの悪い製品は廃止して収益を回復させていった。
4、7、従業員の意見を採用した取り組み
カフェテリア運営
セムコ社のカフェテリアは、提供される食べ物の評判が悪く苦情が殺到していた。人事は苦情の対応で手一杯であったため、一部の従業員にチームを組ませ運営計画書を作成させた。その計画書を元に1年間カフェテリアを運営し、その間に翌年の運営メンバーを選定することとした。その後、会社からの介入なしに毎年新しいメンバーがカフェテリアを運営している。
制服のデザイン選定
制服の追加発注が必要になった際、工場の壁に様々な制服を飾りアンケート調査を行った。その結果、デザインは現在の制服が最も気に入られていることが分かったが、色の好みにばらつきがあり再投票が行われた。この取り組みによって、従業員全員が平等に権利を持っており、権利の行使が許されることが印象づけられた。
社内環境の自由改善
一部の従業員が廃材を再利用しようと考え、自分たち用に簡単な休憩スポットを作った。特に利益や業務改善になるわけではないが、セムコ社はこれを高く評価し奨励した。すると、従業員たちはテーブルや椅子、ハンモックなどを作り、自主的にラウンジスペースを作り出した。
5、従業員満足度調査
セムコ社では、モチベーションの高い人材を育てるには幸福度を中心とした経営が重要という考えの元、年に一度会社や経営陣に関する無記名アンケートが行われる。普段は表に出さないだけで、従業員は不満や批判、「もっとこうしたら良くなるのに」という期待や熱い思いを持っている。幸せ自慢にも聞こえてしまうため話題にはしないが、やりがいや満足感を感じている場合もある。アンケートによって従業員の本音を集め、幸福度の現状を把握し向上を目指している。
管理職に対しては360度評価が行われ、部下が上司の職務資格や遂行能力を評価している。従業員は無記名アンケートで評価を行い、点数を算出して社内に公開される。点数が低い場合のペナルティはなく、上司が自発的に自己変革に取り組むことを期待している。
【質問例】従業員満足度アンケート
・今の仕事が好きだ
・月曜の朝に会社に行きたいと思う
・自分の得意分野を活かすチャンスがある
・仕事量は適切である
・仕事に見合った給料を得ている
・上司は仕事の段取りを上手く行っている
・上司を信頼している
・会社の経営方針に共感できる
・会社は従業員のアイデアや意見を真剣に聞いてくれる
・経営陣は会社の方針を社員にわかりやすく伝えている
【質問例】上司の360度評価
他人からの批判への対応:無視・否定/ある程度聞く/よく聞いて受け入れる
部下の手柄:自分のものにする/成果を上げた人のものにする/チームのものにする
チームに与える印象:恐れ/無関心/安心感
目上であるという主張:四六時中/時々/ほとんどしない
6、チームビルディングのポイント
チーム編成
人数は10人以下が推奨される。10人を超えると会話を自分に引き寄せる者が現れ、全員が討論に参加しにくくなる。また、顧客ごとに最適なメンバーを組み合わせる「機能横断型」のチーム編成が望ましい。
目標設定
チームの目標には「組織の目標を達成するために必要なこと」を設定する。すると、自分たちの活動が組織にどのように貢献しているかを理解しやすくなり、高いモチベーションを維持することができる。組織とチームの目標がズレていると、チームが独自に活動してしまう。このためにも、組織の目標は従業員が共感できるシンプルなものにすることが望ましい。
協力体制の整備
チームが他部門の協力を必要とする場合は、事前に連携窓口を明確にし、協力体制を整えておく。チームのメンバーが個々に協力者と連絡を取り合う状態では、連絡の行き違いや認識の齟齬が生じ混乱を招く可能性が高まる。また、総務や人事などのバックオフィスは組織全体の業務を横断的にサポートしており、チームと協力した際に責任の線引きが不明瞭になりやすい。目標と責任範囲を明確にするよう心掛ける。
信頼関係
信頼関係を構築するには自己開示が推奨される。詳細な自己紹介を行い、経歴やスキルのほか苦境を乗り越えた経験などを話す機会を作るとよい。信頼は感情と結びつくことが多く、仲の良し悪しは業務に影響を与える。不仲なチームメイトがいる場合は、チーム外のメンバーに助けを求める。また、メンバー同士がお互いに対等な立場だと認識させる必要がある。相手を見下す意識は、上から目線で指示を出す、頼まれてもいないのにチェックやダメ出しをするといったマイクロマネジメントを引き起こしてしまう。
レンシオーニのピラミッド
チームの信頼度に着目し、チームの健全性を欠く要素をモデル化したもの。
現在の状況が「説明責任の回避」であれば、その原因が「責任感の不足」となる。
- 結果への無関心:チームの目標達成に興味がなく個人のキャリアなどを優先する
- 説明責任の回避:仲間を咎めることを避けチームに期待しなくなる
- 責任感の不足:反対意見について考慮せず物事を決定していく
- 衝突への恐怖:健全な衝突や議論を避ける
- 信頼の欠如:保身に走り弱みを見せない
- 衝突への恐怖:健全な衝突や議論を避ける
- 責任感の不足:反対意見について考慮せず物事を決定していく
- 説明責任の回避:仲間を咎めることを避けチームに期待しなくなる
フレームワーク
メンバーが自由に動くチームを作るには最低限のルールが必要だ。決まりが全くなく完全に自由な状態では、行動が許可されている範囲が分からず、意思決定の度に責任者に判断を仰ぐようになってしまう。フレームワークがあるおかげで、どのように行動して目標を達成するかを考えることができる。小規模な組織では、意思確認が容易なためフレームワークが明確でない場合が多い。大規模な組織では明確化することが多い。
【フレームワークの例】
数値目標:商品の受注率や商談回数、プロジェクトの進捗率など、KPIと呼ばれるもの
品質:遵守すべき法律、最低限必要な技能、接客態度、現場の衛生管理など
規則・手順:進捗管理や意思決定の方法、評価基準など、主導権を奪わない程度のシンプルなもの
行動基準:チームにおける行動基準のため、日々の業務での心掛けや約束事など具体的なもの
【フレームワークによって曖昧な役割分担が解消する例】
・ホテルの清掃員が近隣の観光地について質問された場合回答するか
・飲食店のホール担当が自分の担当卓以外の席から呼ばれた場合対応するか
・自動車整備士がメンテナンスや買替えの相談をされた場合回答するか
意思決定ができるチームのガイドライン
意思決定ができるチームは問題解決能力が高いといえる。
・お互いにサポートし合い、適宜MTGを開いて意思決定を行う
・責任は特定の1人に集中することなく、メンバー全員が連帯する
・メンバーの才能を把握しておき、最適な役割分担を行う
・慣れたら主導者を決めても良い
・反対意見が出た場合、反対意見に説得力がなければそれを根拠に可決する
・少数派の意見に説得力があれば、決定事項を再検討する
マネージャーの立ち回り方
従来のマネージャーは指揮命令の役割を担っていたが、現在ではメンバーの育成・支援の役割が求められている。この変化に対応できない者は役割から外れることもある。指揮命令型から育成・支援型に移行する場合は、マネージャーを新たに任命する方が良い。従来のマネージャーは指揮命令が止められないことがあるほか、メンバーが指揮命令を求め続けてしまうこともある。
【マネージャーのフレームワーク】
・定期的にリーダーをローテーションする
・チームメンバーと関係者のつながりを築く
・コーチング(質問や対話)によってチームの意思決定をサポートする
・メンバーの問題解決には過干渉せず、アドバイスをする
・反論や批判的な意見が言える環境を作り、心理的安全性を高める
・書類を提出させ確認するフローを減らす
・全員に平等に接する