私たちが幸福感を感じるときには多数の幸福ホルモンが分泌されている。なかでも、セロトニン、オキシトシン、ドーパミンが代表的であり、世界的に三大幸福物質と言われている。これらがバランスよく分泌されている状態が「幸せ」であるとすると、その分泌方法とバランスのとり方が「幸せになる方法」であると言える。
1、幸せの三段重理論
この理論は、精神科医の樺沢紫苑氏によって提唱された。幸福は「セロトニン的幸福」「オキシトシン的幸福」「ドーパミン的幸福」の3つの要素で構成されており、これらが積み重なることで真の幸福が得られるとする考え方である。健康や安心によって幸福を感じる「セロトニン的幸福」を土台とし、人との繋がりや愛情によって得られる「オキシトシン的幸福」、成功や目標達成によって得られる「ドーパミン的幸福」がピラミッド状に積み重なった状態が望ましい。
1、1、セロトニン
セロトニンは、心の安定や幸福感に関わる神経伝達物質である。十分な睡眠や日光浴、適度な運動などによって分泌が促され、「体調がいい」「気分がいい」「朝の目覚めが清々しい」といった幸福感を与える。日光を浴びることで概日リズムが調整され、睡眠ホルモンのメラトニンを作り出す好循環が生まれる。睡眠不足や運動不足、不規則な生活習慣などは、セロトニンの分泌を抑制しうつや不安などの精神的な不調を引き起こす可能性がある。
そのほか、セロトニンはノルアドレナリンとドーパミンが過剰に分泌され暴走しないように調節する働きがある。ノルアドレナリンは、肉体労働や激しい感情によってストレスがかかると放出され、心身の覚醒や集中力・意欲の向上につながる。過剰に分泌されると、不安や恐怖が現れパニックを引き起こしてしまう。ドーパミンは、ストレスを乗り越えた時に達成感や快楽をもたらし、過剰に分泌されると快楽を与えるものに対して依存症になってしまう。
セロトニンは必須アミノ酸のトリプトファンが原料となるが、トリプトファンは体内で作り出せないため食事で摂取する必要がある。トリプトファンは、豆腐や味噌などの大豆食品のほか、チーズやヨーグルトなどの乳製品に多く含まれている。セロトニンのおよそ90%は腸内で生成されており、腸内環境を整えることも重要である。
1、2、オキシトシン
オキシトシンは愛情や信頼感に関わる神経伝達物質であり、ストレスホルモンの過剰な分泌を抑え不安や憂いを緩和させる働きがある。長期間ストレスを受け続けるとストレスホルモンが過剰に分泌され、自律神経が乱れて攻撃的になりやすい。その状態の時には交感神経が活発になっており、胃腸の働きが鈍って食欲低下や下痢を起こしてしまう。オキシトシンが分泌されると副交感神経が優位になり、胃腸の不調が改善される。
オキシトシンは五感への心地良い刺激によって分泌される。美しいものを見る、美味しいものを食べる、アロマを焚く、音楽鑑賞をする、入浴するなど、心が安らぐ刺激が当てはまる。特に触覚刺激が重要である可能性が高く、ハグやキスなどのスキンシップを取ること、マッサージをすることなどが有効である。スキンシップによる効果は副交感神経が優位になる夕方以降に高まり、10分間ほどでオキシトシンが放出され始める。マッサージは、秒速5cmほどのゆっくりとした速度が適している。花王の研究では、手のひらで柔らかさを感じるほどオキシトシンが上昇することも分かっており、犬や猫、ぬいぐるみなどふわふわしたものを触るだけでも効果がある。
また、オキシトシンは相手を思いやることでも分泌される。感謝の気持ちを伝える、家族や仲間と絆を深める、ボランティアに参加するなど、人とのつながりを持ち信頼関係を築くことで、オキシトシンが安定的に分泌される。オンラインでの交流も便利ではあるが、対面で交流する方が効果が高いのは言うまでもない。
1、3、ドーパミン
ドーパミンは脳の中枢で、運動機能や認知機能、脳の覚醒や睡眠、記憶学習、動機形成(やる気)など、様々な行動を制御する。報酬系の神経伝達物質でもあり、欲求が満たされたときや満たされるとわかったとき、期待した報酬が得られたときに快感をもたらす。報酬系は、仕事や趣味などで達成感を得た時のほか、アルコールや薬物、ギャンブルやゲームなどの行為でも刺激される。ドーパミンは脳の同じ部位を強力に刺激するため、脳は一連の流れを素早く学習し、本人の意志とは関係なく反復するクセがつきやすい。何事でも、やり過ぎるとドーパミンが過剰に分泌され、快感の依存症に陥りやすい。
ドーパミンは、仕事での疲労や過度な運動によって消費されやすい。また、ストレスや睡眠不足、刺激の少ない単調な生活は、ドーパミンの分泌を低下させる。ドーパミンが不足すると喜びや楽しみを感じにくくなり、やる気が起きない、気分が落ち込むなどの症状が現れる。またドーパミンは運動機能を制御する役割もあるため、動きにくい、筋肉がこわばるなどの身体的症状が現れることもある。
ドーパミンのはたらきは動機形成と深く関わっており、報酬の得られるタイミングが近付くにつれて、ドーパミンの放出量が増え高揚感が高まる。したがって、目標を立てるときは何年も先の大きな1つの目標を立てるよりも、数日あるいは数か月といった短い期間で設定する方がやる気が持続する。そのとき、「この仕事が終わったら漫画を読もう」「この企画が終わったら焼肉食べ放題に行こう」など、自分にごほうびをあげると効果が高まる。
2、幸せの優先順位
仕事における成功体験は大きな達成感をもたらす。しかし、それはドーパミンの分泌による一時的なものである。「より多くの目標・高い目標を達成すれば幸福になれるはず」と考えてしまいがちだが、ドーパミンの分泌が終了すると達成感は失われるため、幸福は持続しない。「ドーパミン的幸福」を持続させるには、「セロトニン的幸福」「オキシトシン的幸福」を下から順番に積み上げていく必要がある。
2、1、セロトニンとドーパミン
セロトニンは、不安感、抑うつ状態、攻撃性、衝動性などを抑制する働きを持っており、セロトニンが枯渇するとこれらの感情が強まりやすい。些細なことで怒りやすくなったり、鬱になって塞ぎ込んでしまったりもする。セロトニンにはドーパミンをコントロールする働きもあるため、枯渇するとやがてドーパミンが暴走する。何かを達成することではなく一時的な快楽を求めることが目的になり、我武者羅に仕事をしたりするようになる。これらのことから、目標達成よりも健康、ドーパミンよりもセロトニンの分泌の方が優先順位が高いと言える。
2、2、ドーパミンとオキシトシン
達成感によって得られるドーパミン的幸福は一時的なものであり、短期間で失われてしまう。例えば、昇給が叶ってもその喜びは持続せず、次の昇給を目指そうとする。次の昇給が叶っても、すぐに喜びが消えてしまい同じことを繰り返す。健康的な生活によって得られるセロトニン的幸福・人とのつながりによって得られるオキシトシン的幸福には逓減性がなく、これとドーパミン的幸福を同時に感じることで幸福感を持続させることができる。
特に、仕事での成功には人とのつながりによるオキシトシン的幸福が必要不可欠である。具体的には、協力し合う仕事仲間や応援してくれるファン、信頼のおける取引先などが挙げられる。家族との絆も重要であり、残業ばかりで家庭を顧みない生活をしていれば、子供に嫌われたり離婚されたりしてしまう。これらのことから、仕事よりも人間関係、ドーパミンよりもオキシトシンの分泌の方が優先順位が高いと言える。
2、3、セロトニンとオキシトシン
セロトニンは心の安定を司り、不足すると不安やストレスを感じやすくなる。気分が落ち込む、イライラするといった症状が現れる。心が不安定な状態では自分のこと以外を考える余裕がなく、良好な人間関係を築くことが難しくなる。まずは自分の心を安定させることが優先と言える。
また、セロトニンが不足すると身体的にも不調になってしまう。自律神経のバランスが崩れ、朝起きられない、体がだるい、頭が重いといった症状が現れる。セロトニンには痛みを抑える働きがあるため不足すると痛みが増し、肩こりや関節痛が悪化したように感じられる。大切な家族や仲間がいても、不定愁訴でいつもだるそうにしていては幸福感を感じるのは難しい。やはりオキシトシンよりもセロトニンの方が優先順位が高いと言える。
3、まとめ
セロトニンを分泌するポイント
朝日を浴びながら歩く、十分な睡眠を取る、大豆食品・乳製品を摂るなど、心身の健康を育む。
オキシトシンを分泌するポイント
スキンシップを取る、マッサージを受けるなど、安らぎを与える。
感謝の気持ちを伝える、ボランティア活動に参加するなど、良好な人間関係を育む。
ドーパミンを分泌するポイント
小さな目標を立て達成感を味わう、新しいことに挑戦し好奇心を満たすなど。
※「心身の健康」と「人とのつながり」が充実している状態が前提